じゃあそうしましょうよ

人に読まれる前提の言葉

昔の私よありがとう

先月、日本近代文学館で催された「声のライブラリー」で平田俊子さん、川上未映子さん、司会の伊藤比呂美さんのイベントに参加した。

平田さんの「か」の朗読への入り方は驚いた。今から朗読しますといった構えからではなく、雑談をしながらすっと入っていったのだった。

読み方もあるのだろうか、平田さんの声と共に言葉がすんなりと入ってくる。最初に聞く人間の構えを取っ払ったからだろう。すっかり夢中になった。

川上さんの朗読は「水瓶」で、これは同じ言葉を重ねて重ねてくる迫力が、川上さんの声と共にどんどんこちらへ迫ってくる。何度も読んだことのある詩が、音声化されると(書かれた御本人ということもあると思うが)伝達量がぐんと増えるのだと実感した。

休憩を挟んでお二人の朗読に触発された伊藤さんも御自身の詩を朗読された。その後で三人でのお話は非常に楽しく刺激的なものだった。川上さんが「フィネガンズ・ウェイク」の書名を出していたので図書館で借りて読んでみたり。

理解することと面白さとはイコールではないのだなと、気付かされた。

思えば、初めて夢の遊眠社を観た時も、何が何だかわからないけれど面白かったのだった。わかること、理解することに重きを置きすぎていたように思う。ただ文字を、言葉を読む、目に入れるだけで、言葉の間を回遊するように楽しむ、そんな読書もあっていいのだと。

去年、取っていた東京新聞平田俊子さんのインタビューがあったのを思い出した。去年の私はそれを切り取ってスクラップしていた。読み返すと三角みづ紀さんや文月悠光さんの記事も取っていた。ありがとう去年の私でかしたぜ。

今日の予報は雨であったのに、夕方には雲の切れ間から青空がのぞいている。